最近、ブログを更新してないから、「元気がないんじゃないの?」とよく言われる。
私は今、すごく元気なわけでも、元気がないわけでもない。フツウだ。
実際のところ、書きたいネタは30こ以上はたまっていて、本当は書きたくてウズウズしている。
私は文章を書くのが、好きな方だと思う。
それ故に、書きだしたらとまらない。
そのモードになってしまうと、寝る瞬間まで頭が文章をつくってしまうし、食べる内容に執着しなくなって毎日白いご飯と漬物になってしまうし、部屋をきれいに保つことが後回しになってしまう。そして、やらないといけないことが後回しになってしまう。
あんたはいったいどんだけのモノカキなんだよ?とつっこみが入りそうだ。私は文章を書くことによって、自分を整理し、日常を編集しているただのド凡人だ。
それはそうと、これから先の一生をどのようにして過ごしたいか、と聞かれれば、情報収集→表現を滞りなく繰り返して一生を過ごしたい。
情報収集とは、人と対話することや、新しい人と出会うことや、新しい場所に行くことや、本を読むことや、何かに心動かされることをさす。
表現とは、文章を書くことや料理をつくることや、空間をつくることや、モノをつくることをさす。
そして、おそらく情報収集→表現(言い換えればインプットとアウトプット)を滞りなく、それは川の水の流れのように繰り返すことにこそ私は充実感と幸福感を感じるタイプのようなのだ。
だからそういったことを(お金になってもならなくても)ライフワークにしたい。
東京にいるときは友達とルームシェアをしていたし、信頼できるお友達ネットワークもあったので、それはそれは、「もう無理!」というぐらいまでしゃべり続けていた。
ただ単にしゃべっていたのではない。心の通った対話(ダイアローグ)をしていたのだ。
こちらにきて、毎日70歳以上のおじいちゃんたちと作業をしたり、もしくは1人で書類をつくったりしていることもあり、対話の絶対量が圧倒的に少ない。何より、お友達になれる若い人がいないのだ。
そして、私は、自分にとって対話(ダイアローグ)こそはある意味米よりも大事な「生きる」エネルギー源になっていたことを知った。
だから、対話(ダイアローグ)する時間は、本当に意識してとりたい。
会話の中で生まれる気づきや共感、承認こそは前に進むエネルギーになる。
若いときに都市部にいる最大のメリットは、無限ともいえる、他者との出会いがあることだ。かけがえのない他者との出会いは、人生の宝物だ。
田舎は、言うまでもなく、人が少ないし、(徳島県人口は約78万人、東京都人口は約1318万人!)、その半数近くが65歳以上で、自分にとって有益な他者との出会いには積極的な努力を要する。
結論的には、田舎にいて、わくわくするような他者との出会いが欲しければまずは「情報発信」することなのだ。そうすれば、田舎にいながらも無限の出会いを望むことは無謀なことではない。
回りくどくなったが、なんちゃらかんちゃら言っていないで私はもっと積極的に情報発信をしよう。
書きためている30個のネタも全部書こう。ビデオもとって発信しよう。
同じように、田舎でチャレンジをはじめたけれど、仲間がいなくてさみしい思いをしているお友達と話していて、決意を新たにしたのでした!
















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